ねぇねぇ聞いて!あなたは握手派?それともシェイクハンズ派?

欧米では男同士の握手は力一杯するそうですが、日本人にその習慣はなく、往々にして掌を合わせて少し力を込めるといった感じで終わらせることが多いと思います。

先日、契約時に腰が引けて成功報酬の設定を無しにしてしまったほど難解な事件を、自分でもびっくりするほど短期間で奇跡的にクローズしたときの話です。改札口の前で依頼者から握手を求められ不用意に手を出したところを欧米スタイルのシェイクハンズをやられて慌てて力を入れたのですが、とき既に遅し。全く力を込められずにあとの祭りとなってしまいました。

言い忘れましたが、私は握手を男と男の信義の取り交わしと位置付けているため、もちろんやるときは力一杯する、いわゆるシェイクハンズ派であります。しかし、その時は感謝をされ浮かれてしまったのか肝心の力を込めるのを忘れてしまい、その歴戦の自衛官の前腕が隆起するのをただただ眺めていることを強いられてしまいました。帰りの電車では火傷を負った野口英世のようになった右手がいつまでもジンジンするのを感じつつ、「いやぁ、凄い筋肉だったなぁ。凄い力だったチクショー、やられた。」と茫然自失として呟いていました。女性の読者は限りなく少ないと思いますが、敢えて言うと男というものはつくづく不思議な生き物であります。

繰り返し女性の読者は全く興味がないと思いますがこのまま続けると、私は逆にこれをやるのが好きです。もうすぐお別れという間際になってワザとセンチメンタルな話題を振り、「じゃあ、またな。」と握手を交わす場面で渾身のシェイクハンズをしてニヤリと笑うと大抵みな悔しそうな顔をして改札口を潜っていきます。握手をした相手が「あぁ、忘れてた。オレは男だったんだ。」と思いながら電車に乗って家まで帰るのだと思うと、とても愉快な気分になるんです。女性が異様に強くなったことで男が次第に去勢されつつある現代の世に一石を投じたんだと思うと、世の中のためにいいことをしたという意味でさらに加えて愉快になります。義憤ならぬ義愉快と言ってもいいかもしれません。

ところで、私は示談の相手が男性でも女性でも必ず握手をします。翻って言うと、握手をすれば何とかなる、クローズできるという自分への自己暗示を掛けるのです。しかし、大概はそれでどうにかなってしまうものです。理屈ではない何かが、人が人の肌に触れるという行為それ自体に宿るのだと思います。これだけ権利意識が高くなった今でも握手という文化が残っていて本当によかったな、と感じます。そうだとすれば、それを使わない手はないでしょう。

もはや暴行罪の構成要件に該当しているんじゃないかと言わんばかりのシェイクハンズを武器に、次の案件も慎重かつどちらかと言えば大胆にクローズしていきます。JR埼京線と武蔵野線のクロスポイント、ここ埼玉県武蔵浦和で皆様のお越しを待っております。


アイアム安倍!?

平成27年7月16日、自公両党は安倍政権が提出した集団的自衛権の行使容認と関係するいわゆる安倍法案の可決を衆議院平和安全法制維持特別委員会で行いました。

その3日後、恩師である慶応の名誉教授が年1回三田の居酒屋で主宰する「倫理の会」に出席したところ、どちらかというと「左」の方から私が元自衛官であるという理由だけで「あれをどう思うんだ!あんなのクーデター以外の何ものでもないだろ!」という悲鳴にも似た抗議を受けました。世間一般の大きな誤解を代表して解きますが、自衛官は基本的にノンポリです。入隊時の宣誓にも「政治的活動に関与せず」の文言があり、何度も復唱させられたところであります。

ただ、自衛隊自体が違憲と考えている人達からすれば、自衛官は歩く「右」のようなものです。そんな彼らに国防はどうするのか尋ねると、それは市民が団結して行うとのことです。果たして市民が団結できるのでしょうか?驚くことに出来る!と答えるのですが、そんな彼らに私は元自衛官として言うことがあります。「自衛隊にはセクトはないし、内ゲバをすることもない。」

ところで、旧司法試験の択一式試験でよく出された問題で「日本国憲法制定の法的根拠は何か?」というものがあります。通説は市民の皮膚感覚とは裏腹に8月革命説という、1945年8月14日のポツダム宣言時に革命が起こったという説であります。他方で、一番論理的整合性がある説を一つ選びなさいとなると受験生的には無効力説を選択しなければならないことになっています。その理由がどういわれているかというと、大日本帝国憲法の改正手続きを踏んでおらず日本国憲法の制定には論理的整合性を認めることが出来ないため無効とのことなのです。この無効説、議論をすれば判るのですがかなり強いです。なぜなら、議論とは合理的な人が論理的に行うという前提があるため、論理性が高い説が勝ちやすいからです。

今回の安倍法案の通過はクーデターであり実質的な9条改憲であると報道されていますが、憲法というものが革命やクーデターによって制定されてきた長い歴史を踏まえると廻りまわってそれもそうかなという感慨です。比喩的に表現すれば、静かなる革命が起ころうとしているのかもしれません。


イクメンの誕生

イクメンという言葉が誕生したのは今から丁度5年前のこと、当時の労働大臣が少子化打開の一助として国会で発言し、男性の子育て参加を目的とした「イクメンプロジェクト」を始動させたのがきっかけと言われています。私の長男はもうすぐ8歳ですが、長男が産まれたときはまだイクメンという言葉はなかったことになります。イクメンという言葉がこの世になかったその頃、私は自衛隊を退職して脚を引きずりながら近所のスーパーでレジを打つしがない30過ぎの男でした。

いま5歳になる次男が産まれた頃にその言葉が世に出回り始めたことになりますが、イクメンというのは働きながら子育てをするパパと言うイメージが根底にあるため、私のように日常的に昼間育児をする人をイクメンと呼べるかは微妙なところでした。だから司法試験の最中に実家で子供を預かってくれた母親からハッキリと「お前は無職だからイクメンではない。」と言われてどこか楽になったことをよく覚えています。その反面、検診で保健所に行くと子供を背負う私にかなり不自然なタイミングで「パパ、とてもカッコいいわよ。」と言ってくる保健士がいました。あれは今思えばイクメンプロジェクトの一環だったんでしょうか?

次男は夕方になるとぐずり始めるため、日が暮れかかると散歩に出かけていました。子育てに参加したことがない世の男性たちに一つレクチャーしておくと「ぐずる」とは、おしめを替えてミルクを飲ませて何度か高い高いとかをしてもふぇふぇいって一向に落ち着こうとしない、そんな赤ちゃんの状態を言います。次男がぐずり始めたのを見計らって司法試験の勉強を中断し、おんぶ紐で背負って片道45分くらいのショッピングモールに出かけるのがその頃の私の日課でした。

近所のショッピングモールには色んなものが売っていましたが、お金がない為何も買うことが出来ません。辛うじて買うことが許されるユニクロのヒートテックが限定商品になっているかどうかを確かめて、カルディで無料のコーヒーを飲んで帰るというのが通常のメニューです。ユニクロのヒートテックは大概週末に限定商品になるため、必然的にカルディでコーヒーを飲めるか飲めないかが重要なポイントとなってきます。飲めないと帰り道でかなりのダウンビートを強いられるので少なくない神経を注いでいたのです。絶対に気付かれていたでしょうが、毎日来ていることを悟られないために持ち手は少ないながらも洋服のコーディネートに気を遣ったり、「お願いします。」の声のトーンや仕草までに工夫を凝らしたりしていました。特に深い意味もないんでしょうがコーヒーを受け取る際に「買い物もしていって下さいね。」と言われる日はとても辛くて、誰かがレジに並んでいる隙にサッと店を後にするのはほかの日と同じなんですが、「買い物をするつもりはあったんだけど、今日はたまたま買わなかっただけなんだ。」と自分に言い聞かせて気をしっかり保つ作業が一つ必要になりました。

こうやって言葉にすると改めて自分はイクメンではなかったと感じます。イクメンの生みの親である労働大臣もカルディで毎日コーヒーを飲むことに神経を注ぐパパは想定していなかったでしょう(笑)

次回以降イクメンと家庭裁判所の実情に迫っていきたいと思います。


警察官が自衛官を名乗るとき

先日接見待ちで警察署のベンチに座っていると、初老の警官が話しかけてきました。よく聞くと部下が出会い系サイトで関係をもった女性の旦那から百万円の慰謝料を要求されたとのこと。それも昇任したばかりのタイミングに三年前の一回だけの不貞で百万円を請求されたそうであります。警察ではこういう不祥事が明るみに出ると階級を一つ落として解決を図る不文律があるそうで、相手はそれを知って昇任する時期を手ぐすね引いて待っていたのではないかとその警官は言っていました。私は弁護士然と「それってよくある美人局じゃないですか?一回で百万円は高すぎますね。そもそも結婚してるって知らなかったって言えばよかったのに…、全く人がいいですね。」と言ったところ、その初老の警官は待ってましたと言わんばかりに「弁護士さん、そいつもそう言ったんだよ。でもね、そのサイトが人妻専用のサイトだったんだなぁ。無理だよなぁ、ワッハハ。」と上機嫌で引き揚げていきました。数多の法律サイトではこの場合どうすればよかったのでしょうか?という流れになるのでしょうが、私からは取り急ぎ社会的地位がある人は自分の行動に責任を持ちましょうということだけ告げさせて頂きます(笑)

一昔前まで、警察官は「俺たちは自衛官だ。」と言って歓楽街で羽目を外していました。果たして、今はどうなんでしょう。自衛官は10年前とは比べ物にならない程の社会的地位にあります。かつてとはまた違った意味で「俺たちは自衛官だ。」と言っているかもしれません。

冗談はさて置き、警察官は制服を脱ぐと絶対に自らの素性を明かさないそうです。説明するまでもなく、警察官は色々と恨まれることが多い職業です。また、国家権力を身に纏って日中を過ごし、常に市民より強い立場にいなければならないため非番の時くらい普通の人間でいたいというのが実情だそうです。

ただ、自分が普通の人間でいるつもりになっても、傍から見ればおそらく普通の人間ではなく、勿論社会的地位はついて回ります。社会的地位のある人間が素性の知れない女性と待ち合わせをするときは、それなりの覚悟をもってその場に向かうことです。そういえば今は立派になった私のレンジャー同期も自衛官の身分証をコインロッカーに入れてその場に向かっていました。

最低限、何かあった時のために当事務所の電話番号をメモすることは忘れずに!それでは、皆様の週末が良きものであることを祈ります。

 

 

 


CRR中央即応連隊の丸太運び

何のためにそれをするんだという訓練は、少年野球のうさぎ跳びから新日本プロレス道場のエンドレスなヒンズースクワットなど数え上げたらキリがない程古今東西に溢れていますが、自衛隊はその総合商社のようなところであります。レンジャー訓練などはそれ全体が不撓不屈の理念のもと、社会通念に照らして合理性を完全に無視したものばかり??で成り立っていますが、そのレンジャー訓練を経た私の目から見ても度胆を抜く訓練がこの平成の世に誕生いたしました。それが栃木県にあるCRR(中央即応連隊)の丸太運びであります。

この丸太運びがどんな訓練なのかさり気なくCRRにいたかつての同期に聞いてみたりするんですが、「いやぁ丸太を運ぶんだよ。大変だよ、全く。」としか教えてくれません。戦後派が戦中派に嫉妬したように、昔はあったが、今は負傷者が続出した等の理由でその訓練が廃止され「いやぁ、あれは本当に大変じゃった。」とか言われるのはいいんですが、今回はその逆で、昔の世代の人間が今の現役の人の訓練に嫉妬その他の複雑な心境を抱くという構図になってしまっています。いったいどうして丸太を運ぶなんて言う旧態依然とした訓練がこの平成の世に出現したのでしょうか?

武山駐屯地で新隊員訓練を受けているとき、各国の軍隊の訓練を特別に編集した映像を見させられたことがありました。どれも凄まじい訓練ばかりでしたが、韓国の海兵隊のそれは群を抜いており、その中の一つが海兵隊員たちが一列に並び、巨大な丸太を左肩から右肩へ、右肩から左肩へ、永遠に思えるほど上げ下げする訓練だったのです。

機動力を生命線と考える当時の陸上自衛隊の訓練は走ることに重きが置かれ、来る日も来る日も走り続けて筋肉は研ぎ澄まされていく反面、どこかしら萎んでいくようにも見えました。そんな杞憂に近い不安の最中にみた韓国の海兵隊員たちの三角筋から僧帽筋に掛けての異様な盛り上がりに、私は羨望に塗れた嫉妬心を抱いたものです。班長にみんなでアレをやりましょうと直談判しましたが一笑に付され、2等陸士が軽口を叩くんじゃないと指導を受けたのは言うまでもありません。

私と丸太との因縁をこの場で話させて頂き、CRRの現役隊員に対する嫉妬心が少し和らいだような気がします。また何か丸太運びについて分かったら報告します。因みに、冒頭のうさぎ跳びについては私が小学校に上がる前には完全に消滅していました。しかし、新日本プロレスではまだエンドレスのヒンズースクワットは行われているようで、これを百年に1人の逸材棚橋弘至は「筋肉への愛だ」と銘打っていました。愛ってとてもいい言葉ですね(笑)

 


当事務所のお心入れについて

私がお客様を迎え入れるために心掛けていることがあります。一つは、必ずその方がいらっしゃる直前にエントランスの三和土を拭くことです。弊所は東京の大手事務所のように煌びやかで常に胡蝶蘭が飾ってあるようなエントランスを持ってはいません。せめて、お客様が弊所に足を踏み入れる最初の一歩を埃などで汚さぬようにというお心入れのつもりでやらせて頂いております。

もう一つは、毎朝トイレを掃除することです。ところがこのトイレ掃除、毎日やるとなるとなかなか心が折れてしまうものであります。もちろん家でもトイレ掃除をするのですが、何度言っても私の息子たちが座って用を足してくれず、幽霊が死ぬほど怖いくせに用を足すときだけは仁王立ちで立派にやるものですから勘弁してくれよと思う時がしばしばあります。

他のご家庭でも私のように勘弁してくれと思って座って用を足すように教育なさっている方が増えたのか、最近の男の子は学校でも大きい方で小さな用を足す子が増えてきているとのことです。習慣とは恐ろしいもので、そういう風に教育された子は座ってではないと用を足すことが出来なくなっており、いわゆる立ちションが出来ない少年が次々に出現していると授業参観の時に担任の先生が話していました。

話はズレるかもしれませんが、西欧人は大きい方と小さい方を分けて足せるのに対し、日本人は決して両方同時ではないと用を足せないのだそうであります。私がそのことを再認識したエピソードがあります。それはレンジャーの最終訓練のときでした。主任教官が「これから大菩薩峠に向かう」と宣言し、三トン半に乗って移動していたところ何故かキットカットが配られ、暫くすると助教がウトウトと眠り始めました。そうなると疲労の極限にある隊員たちも当然眠り始め、少しも立たないうちに全員がいびきをかいて眠り始めたのです。「あぁ、やっと終わったな」と思った瞬間でした。私も安心しきり、眠ろうとしたときのことです。緊張が解けたせいか突如、激甚極まる腹痛に襲われました。限界に挑戦するのがレンジャー訓練の目的ですが、さすがにこの腹痛を耐えるほどの力は残されていません。「すみません、おなか痛いです」と助教に嘆願すると、「お前の飯盒の中にするんだったらやってもいいぞ」とのお達しが。詳細はあまりにもおぞましい為省略しますが、大きい方は死ぬほどやりたかったのですが、小さい方はそれほどしたくなかったにもかかわらず、小さい方をしなければ大きい方が出来ない私の日本人としての習性を酷く疎ましく思ったのをよく覚えています。

それでは、今日もお心入れをして皆様の来所をお待ちしております。

 


当事務所の法律相談料について

弊所は随時どなたでも法律相談を受け付けております。その点が、初めてのお客様には商品をお売りすることのない再春館製薬のドモホルンリンクルと異なるところです(笑)

法律相談料は30分5400円です。どなたかの紹介があれば無料にさせて頂いておりますが、基本的に有料で御座います。もっとも、自衛隊関係者の場合は完全フリーにしております。というのも、自衛隊関係者であれば私の知り合いの知り合いであり、紹介があったも同然と考えているからです。

弊所は埼玉県の武蔵浦和駅から徒歩7分の場所にあります。ご要望に応じて駐屯地や駐屯地近くの喫茶店に赴くことも可能です。その場合も何らの料金はかかりませんが、情報プライバシーの関係から来所して頂くのが無難かと思われます。そういえば、霞が関にある日弁連の法律相談スペースを使用することもできます。いずれも料金は掛かりません。

武蔵浦和駅はJR埼京線と武蔵野線のクロスポイントにあり、新宿駅から最速で18分と利便のいい場所にあります。駅の改札は一つだけであり、そこに来ていただければ私が迎えに上がります。胸筋がいびつに発達したスーツベストを着た40前後の男が私であります。明らかにゴルフやマリンスポーツではなく人工的に日焼けサロンで身体を焼いている40前後の男で探してみてもいいかもしれません。ただ、日焼けサロンに行くのは真夏のボディビル大会に向けてそうしているだけで、それ以外の季節はどちらかといえば美白を維持しているためやはりいびつな胸筋で探すことをお勧めします。

突然真面目な話をしますが、法律は何のためにあるのでしょうか?それは人間が必ず争う生き物だからだと思います。裏を返せば、人と人が争っていればそれはもう法律問題です。つまり、何を申したいかと言うとなんでも気兼ねなく相談して下さい。レンジャー五領田法律事務所は初めてのお客様にも法的アドバイスを提供させて頂いております。

貴方の人生を再生し、前へ。貴方のライフをもっと前へ。

ご連絡をお待ちしております。


自衛隊のバッジ

弁護士たちの格言で「依頼人に人を殺したかどうかを聞くな」というのがあります。それに対し、格言ではないですが自衛官の間でよく言われることで「一度付けたバッチは剥がしたくても剥がれない」というものがありました。これはバッチを付けた者の責任の重さを表す言葉であると同時に、バッチを付けた者の性あるいは宿命みたいな響きを有し、初めて聞いたときはどこかそら恐ろしくなったのを覚えています。

レンジャーバッジを始め、自衛隊のバッジはそうそう簡単に取れるものではありません。入隊すると教育隊に配属されますが、新入隊員たちは羊のように髪の毛を削り取られた後はみな体力検定で1点でも多く点を取ることを強いられます。体力検定の種目は当時50m走、走り幅跳び、屈腕懸垂、1500m走でした。そこで1級を取ると、1級バッジと呼ばれる官品のバッジを貰えます。官品とは、国から支給されたという意味です。余談ですが、自衛隊の官舎で育った女性のことを自衛官は官品と呼びます。話を元に戻しますが、このバッジは雨の日に思い出したように取り出して眺めるものとは異なり、支給されている戦闘服や制服に常時付けることが自衛隊法上許されているものです。敢えて口には出しませんが、自分は他の隊員とは違うという矜持を胸に輝かせることが許される、いわば精強の証なのであります。1級バッジは大体1個小隊で3人、1個班に1人、つまり10人に1人くらいしか取れないものです。

私は横須賀の武山駐屯地に入隊したのですが、その3日前にベンチプレスの115キロに挑戦して成功し、勢いそのまま120キロに挑戦したが手首が返ってしまい、独りだったら首がちょん切れていたと言われた肉体を携えていたものの、年齢は殆どの隊員が18歳であるところの24歳。今から見ると天文学的に若いですが、周りからの年寄り扱いは避けられないものでした。それを証拠に入隊翌日に行われた駐屯地を紹介しながら大きく1周するジョギングに全くついて行けず、同じ班の隊員に「まるで十字架を背負って走るキリストのようだった」と意味深なことを言われ、暗澹たる想いに囚われたものです。ただ、朝から晩まで懸命に何かをやるというのは人間を根本から変えるもので、1か月、2か月後にはゆっくり走ればいくら走ってもバテない強靭な心臓を手に入れることが出来ました。そして、前期教育隊のオーラス、三回目の体力検定では奇跡の1級バッジを手に入れることとなったのです。

そんな1級バッジも後期教育隊を経て、部隊に配属されると1級バッジを手に入れることが出来なかった意地悪な姉ならぬ先輩隊員に剥がされることになります。しかし、1級バッジを取ったという誇りは誰にも取り上げることは出来ません。例えば、普段の駆け足から状況訓練に至るまで、だるくなり掛けるときや苦しいとき、剥がしたはずのバッジが途端に心に灯るのを感じることがあります。驚くことに、40歳になった今でもそれを感じることがあるのです。いつまでも心に張り付いて剥がすことが出来ない、それが自衛隊のバッジなのです。

話は変わりますが、当事務所のシンボルマークはレンジャーバッジであります。たまにいろいろと一般の方から大丈夫?的なことを言われることがあります。でも、不思議なことに一度も自衛隊関係者から何かを言われたことはありません。それは恐らく、自衛隊員にとって自衛隊のバッジがどういうものであるか肌で理解しているからでしょう。つまり、それを獲得した自衛隊のバッジは一人一人のものである。もっといえば、このマークが私の心に浮き出た陰影のようなものであると理解しているからではないでしょうか?

それでは、皆様の人生が力強いものでありますように。


ゴールドジムのパーティーに参加しました

皆さん、GWいかがお過ごしでしょうか?私は4月29日にゴールドジムのポットラックパーティーに参加して来ました。

ポットラックとはあまり聞きなれない言葉ですが、どうやら「持ち寄る」という意味らしいです。私は、ナチュラルローソンで買った高級ポップコーンを持参しました。昨年に引き続き、無理やり連れて来られた感が迸ってやまない長男も一緒です。「絶対に僕の服を脱がせないでね」と強く言われてしまいました。指折り数えてこの夜を待っていました。とはいえ、申込みのとき「今年はプッシュアップ大会があるのでぜひ参加して下さい」と言われて、「腕立て伏せかぁ、懐かしいね」と二つ返事で深く考えずに参加を承諾した関係で意味もなく遅刻しました。腕立て伏せは元自衛官にとって、センシティブなところがあります。

練馬の第1普通科連隊にいたとき、FTXと呼ばれる米軍との共同訓練に参加したことがあります。最終日のフェアウェルパーティーで日米の戦士が入り乱れてベロベロになりながら腕相撲大会等力比べに賑わいを見せていましたが、その影ではタイマンでプッシュアップをするという人だかりも出来ていました。私はそこにレンジャー隊員として呼ばれ、やる気満々の米軍兵士に圧勝したことがあります。「なんだ、もうおネンネかい?」みたいな感じでした。あれから40年、いや12年、私は腕立て伏せというものをあの滝ケ腹の駐屯地の体育館に置いて来てしまったのかもしれません…と、カッコつけましたが、単にやりたくないです。繰り返しになりますが、腕立て伏せにはいろいろ思うところがあります。

ただ、ときどき自分が弁護士としてちゃんと務めを果たしているのだろうか?と不安に駆られる夜に遭うときがあります。そんな夜にやるのは、決まって腕立て伏せだったりします。怒号が飛び交い、頭を踏みつけられる恐怖に怯えながら、次の1回、次の1回を挙げることだけを考えて、1回も挙がらなくなるまで腕立て伏せをするんです。これをやると不思議と「あぁ、大丈夫だ、大丈夫だ」って思えるようになるんです。つまり、私にとって腕立て伏せはいろいろあるんです!(笑)

それでは、皆様のGWがよきものになりますように。写真はポットラックパーティーの模様です。

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第1回フィジークパーティ

フィジークとはボディビルをソフトにした競技です。ゴリゴリのマッチョでもソフトマッチョでもない。兎に角、カッコよければいいじゃないですか?カッコイイ理想の身体を目指しましょうよ!という、判りやすく言うとカルバンクラインのモデルみたいな肉体を目指す人達の競技なのであります。

いきなり武山に入隊した時の話をしますが、営庭で戦闘訓練をしているとき遠くの方で海上自衛隊の基本教練が見えました。私だけではなく、班のみんなが格式と英国風の伝統美を兼ね備えた海上自衛隊員の威容に目を奪われ、気も漫ろになってしまったのです。そんな状況を敏感に感じ取り、当時武山で一番精強と謳われた班長が言いました。

「いやぁ、海上はカッコイイよな。それに比べてどうだ、お前らは?そうだよな、ダサいよ。でも、俺はそんなお前らがカッコイイと思うぞ。ださカッコイイがカッコイイんだと班長は思ってるぞ!」

この文脈に限って言えば陸自はボディビルで、海自はフィジークと置き換えることが出来る…かどうかは判りませんが、フィジークパーティに出てみて判ったことがあります。それは、フィジークはやはり端的にカッコイイということです。普通にカッコイイ、女性にモテそうな、ダンスをしないEXILEみたいな青年たちがする競技です。海自はカッコイイと認めざるを得なかったあの時と同じように、このパーティーで私はこのことを強烈に認めた訳であります。ジムにおいてもフィジークの人が女性と話しているととても自然で絵になりますが、ボディビルの人が女性に話しかけると自然と110番したくなる心情を抱いてしまいます。仕方ないな、というのが正直なところです。

ところで、今はフィットネスブームなのであまり聞かれませんが5,6年前までは「どうして、筋肉を鍛えるの?」とよく尋ねられました。殆どの場合はうまく答えられなかったように思います。法治国家の現代社会において身体を鍛えることはもはや無意味で、それこそ女性にモテるための、カッコよく生きるための、アクセサリーのような行為であるのかもしれません。

しかし、かつて自衛隊に身を置いたものとして、弁護士として、あるいは、一人の父親として、もしその時が来たら人柱になってでも人を守ろうという想いが私の根底には流れています。日々の生活の中で次第に薄らいでしまうその想いを自分自身に確認する行為が身体を鍛えることだと思っているのです。

パーティは各クラスのフィジーク・オブ・ザ・イアーのショーで締め括られ、盛況の内に幕を閉じました。写真は会場で一番マッチョだった人とのツーショットです(笑)

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