ねぇねぇ聞いて!あなたは握手派?それともシェイクハンズ派?

欧米では男同士の握手は力一杯するそうですが、日本人にその習慣はなく、往々にして掌を合わせて少し力を込めるといった感じで終わらせることが多いと思います。

先日、契約時に腰が引けて成功報酬の設定を無しにしてしまったほど難解な事件を、自分でもびっくりするほど短期間で奇跡的にクローズしたときの話です。改札口の前で依頼者から握手を求められ不用意に手を出したところを欧米スタイルのシェイクハンズをやられて慌てて力を入れたのですが、とき既に遅し。全く力を込められずにあとの祭りとなってしまいました。

言い忘れましたが、私は握手を男と男の信義の取り交わしと位置付けているため、もちろんやるときは力一杯する、いわゆるシェイクハンズ派であります。しかし、その時は感謝をされ浮かれてしまったのか肝心の力を込めるのを忘れてしまい、その歴戦の自衛官の前腕が隆起するのをただただ眺めていることを強いられてしまいました。帰りの電車では火傷を負った野口英世のようになった右手がいつまでもジンジンするのを感じつつ、「いやぁ、凄い筋肉だったなぁ。凄い力だったチクショー、やられた。」と茫然自失として呟いていました。女性の読者は限りなく少ないと思いますが、敢えて言うと男というものはつくづく不思議な生き物であります。

繰り返し女性の読者は全く興味がないと思いますがこのまま続けると、私は逆にこれをやるのが好きです。もうすぐお別れという間際になってワザとセンチメンタルな話題を振り、「じゃあ、またな。」と握手を交わす場面で渾身のシェイクハンズをしてニヤリと笑うと大抵みな悔しそうな顔をして改札口を潜っていきます。握手をした相手が「あぁ、忘れてた。オレは男だったんだ。」と思いながら電車に乗って家まで帰るのだと思うと、とても愉快な気分になるんです。女性が異様に強くなったことで男が次第に去勢されつつある現代の世に一石を投じたんだと思うと、世の中のためにいいことをしたという意味でさらに加えて愉快になります。義憤ならぬ義愉快と言ってもいいかもしれません。

ところで、私は示談の相手が男性でも女性でも必ず握手をします。翻って言うと、握手をすれば何とかなる、クローズできるという自分への自己暗示を掛けるのです。しかし、大概はそれでどうにかなってしまうものです。理屈ではない何かが、人が人の肌に触れるという行為それ自体に宿るのだと思います。これだけ権利意識が高くなった今でも握手という文化が残っていて本当によかったな、と感じます。そうだとすれば、それを使わない手はないでしょう。

もはや暴行罪の構成要件に該当しているんじゃないかと言わんばかりのシェイクハンズを武器に、次の案件も慎重かつどちらかと言えば大胆にクローズしていきます。JR埼京線と武蔵野線のクロスポイント、ここ埼玉県武蔵浦和で皆様のお越しを待っております。


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