「レンジャーと私」というテーマでの講演〜その1

先日、埼玉県某所で冒頭に掲げたテーマで講演をさせて頂きました。テーマとしてはとても分かり易すそうにも思えますが、正面から聞かれると意外と困ってしまうのが正直なところです。とはいえ、代表を務める法律事務所の名前に思いっきり「レンジャー」の冠を掲げています。何も話さないということは出来ません。試行錯誤の結果、最低限爪痕を残すことを獲得目標に「レンジャー」そのものではなく「レンジャー素養試験」について話すことに決めました。

実際のところ今年の夏は気象観測的には本当に暑かったと思います。しかし、レンジャーの素養試験を受けたあの日の暑さと比べると海の向こうで行われている戦争を新聞で流し読みするような感覚に囚われてしまう。確かに気温は暑かったですが、夜はクーラーを付けて眠り、移動は車、建物に入ると真冬の北海道さながらに涼しい生活環境です。ウィルスミスが出て来るSF映画かのように外を出歩いている人は疎らで、テレビを付けるとひたすら熱中症の危険が叫ばれている。実際に暑いだけに、暑い暑いと言えばいうほど、体感する暑さとは縁遠くなる。誤解を恐れずに言えば、あの日は真逆だったのです。「休め」ではなく「整列休め」の姿勢で等間隔に立たされた駐屯地の園庭には沸騰間近の薬罐を間近で見るような陽炎が揺らめき、およそ私が記憶する中で最高の暑さだったように思えるものの、不思議と誰一人「暑い」と言わない。今振り返ってみれば、熱中症で倒れた隊員、小まめな水分をせずに足が攣りそれ以上の試験を受けられなかった人もいましたが、その類のリスクを叫ぶ指導者はまだ登場しておらず、水分補給の必要性を予めアナウンスされることすらない。ただただ、倒れたら失格の烙印を自らの額に念押しして、部隊に帰ることを余儀なくされる。そんな一日だったように思います。

私は、その一日に全てを賭けていました。試験場に赴く前の日の訓練をよく覚えています。外出証を貰ってましたがよもや外出することをせず、午前中は目一杯駆け足をして、午後は64式小銃に見立てた4.3キロの鉄棒を持ってハイポート、夕方になると懸垂と腕立てを交互にもう一回も挙がらなくなるまで行い、日暮れ間際に入水禁止なのか未だに不明な朝霞駐屯地の琵琶湖で水泳の訓練、虫の息で陸に上がると何処からともなく鴉が3匹飛んで来ました。3匹の鴉が私の廻りをピョンピョンと飛び始めたので、もしかして食べられてしまうのではと思い「ギャア」と叫びながらごくごく主観的に命辛々で隊舎に帰ったのです。

翌日、試験会場である練馬駐屯地に到着すると実際にレンジャー訓練に使用された一階建ての隊舎に宿泊しました。部隊ではなく師団のレンジャーだったこともあり、様々な駐屯地から志願者がやって来ていました。当然、訓練の疲労と緊張もあったでしょうが、扇風機もない昭和初期からあるようなトタン屋根の隊舎の夜は茹だるように暑く、その暑さは夜中に正面玄関に置かれた冷蔵庫で冷やされている個々人の飲み物を勝手に飲んでも一握の罪悪感も生じない程でした。ニュースで涼しげなアナウンサーが今夜は熱帯夜になるとのアナウンスを真に受け、エアコンの設定温度を下げすぎてあまりの極寒に目を覚まし、リモコンまで辿り着かなかったら凍死するんじゃないかと思った今年の夏とはおよそ真逆の夏だったように思えるのです。


コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です