自衛隊のバッジ

弁護士たちの格言で「依頼人に人を殺したかどうかを聞くな」というのがあります。それに対し、格言ではないですが自衛官の間でよく言われることで「一度付けたバッチは剥がしたくても剥がれない」というものがありました。これはバッチを付けた者の責任の重さを表す言葉であると同時に、バッチを付けた者の性あるいは宿命みたいな響きを有し、初めて聞いたときはどこかそら恐ろしくなったのを覚えています。

レンジャーバッジを始め、自衛隊のバッジはそうそう簡単に取れるものではありません。入隊すると教育隊に配属されますが、新入隊員たちは羊のように髪の毛を削り取られた後はみな体力検定で1点でも多く点を取ることを強いられます。体力検定の種目は当時50m走、走り幅跳び、屈腕懸垂、1500m走でした。そこで1級を取ると、1級バッジと呼ばれる官品のバッジを貰えます。官品とは、国から支給されたという意味です。余談ですが、自衛隊の官舎で育った女性のことを自衛官は官品と呼びます。話を元に戻しますが、このバッジは雨の日に思い出したように取り出して眺めるものとは異なり、支給されている戦闘服や制服に常時付けることが自衛隊法上許されているものです。敢えて口には出しませんが、自分は他の隊員とは違うという矜持を胸に輝かせることが許される、いわば精強の証なのであります。1級バッジは大体1個小隊で3人、1個班に1人、つまり10人に1人くらいしか取れないものです。

私は横須賀の武山駐屯地に入隊したのですが、その3日前にベンチプレスの115キロに挑戦して成功し、勢いそのまま120キロに挑戦したが手首が返ってしまい、独りだったら首がちょん切れていたと言われた肉体を携えていたものの、年齢は殆どの隊員が18歳であるところの24歳。今から見ると天文学的に若いですが、周りからの年寄り扱いは避けられないものでした。それを証拠に入隊翌日に行われた駐屯地を紹介しながら大きく1周するジョギングに全くついて行けず、同じ班の隊員に「まるで十字架を背負って走るキリストのようだった」と意味深なことを言われ、暗澹たる想いに囚われたものです。ただ、朝から晩まで懸命に何かをやるというのは人間を根本から変えるもので、1か月、2か月後にはゆっくり走ればいくら走ってもバテない強靭な心臓を手に入れることが出来ました。そして、前期教育隊のオーラス、三回目の体力検定では奇跡の1級バッジを手に入れることとなったのです。

そんな1級バッジも後期教育隊を経て、部隊に配属されると1級バッジを手に入れることが出来なかった意地悪な姉ならぬ先輩隊員に剥がされることになります。しかし、1級バッジを取ったという誇りは誰にも取り上げることは出来ません。例えば、普段の駆け足から状況訓練に至るまで、だるくなり掛けるときや苦しいとき、剥がしたはずのバッジが途端に心に灯るのを感じることがあります。驚くことに、40歳になった今でもそれを感じることがあるのです。いつまでも心に張り付いて剥がすことが出来ない、それが自衛隊のバッジなのです。

話は変わりますが、当事務所のシンボルマークはレンジャーバッジであります。たまにいろいろと一般の方から大丈夫?的なことを言われることがあります。でも、不思議なことに一度も自衛隊関係者から何かを言われたことはありません。それは恐らく、自衛隊員にとって自衛隊のバッジがどういうものであるか肌で理解しているからでしょう。つまり、それを獲得した自衛隊のバッジは一人一人のものである。もっといえば、このマークが私の心に浮き出た陰影のようなものであると理解しているからではないでしょうか?

それでは、皆様の人生が力強いものでありますように。


自衛隊のバッジ」への4件のフィードバック

  1. りょう74式

    初めてまして

    自衛隊のバッチの記事、痛感してますよ

    特に、職種バッチはです

    俺も普通科でした

    3曹教のある駐屯地出身、モスは軽火です

    自分、今は物流やってますが、コンテナ下ろしの時は

    メチャ、思います

    スゲーとか、早えーとか言われるのが普通、当たり前

    暑くて、周りがへばってても、平然としてなければいけない

    へばってても、次っ!!!!!!て、言わなければいけない

    俺の中でも、職種バッチが光るんでしょうね

    服装が自由なので、毎日?と言っていいほど

    2型か、空挺作業服着て仕事してます

    何か言われても、自信を持って堂々と着てますよ

    言った奴には、俺とは同じことが、出来ないのだから

    俺、4年4月入隊の武山です

    俺の友達の友達に

    そこが変だよ自衛隊の作者の方がいます

    お仕事頑張って下さい

    返信
  2. xyz 投稿作成者

    りょう74式 様

    コメントありがとうございます。
    34普連でしょうか?あの部隊は陸自では珍しく陸軍からの伝統を受け継いでいる部隊でとても精強ですよね!
    共感して頂いて本当に嬉しいです。
    2型はいい靴でしたが、よく手に入りましたね(笑)
    よかったらその作者を紹介して下さい^_^

    返信
  3. りょう74式

    こんばんは

    そうです、連隊でした

    鬼益さんと、同じ中隊でした

    2型は、迷彩2型です

    説明不足でしたね

    自分ちなみに、船橋です

    習志野は、予備自で行って

    最近は、春先まで駐屯地の糧食でバイトしてました

    今は、KPも糧食も民間に委託してますよね

    俺、本当は空挺になりたかったんです

    痩せ過ぎで無理でした

    でも、34では84手やりました

    作者の人ですか

    友人に聞いてみます

    もう少し早く、貴方を知っていたら俺の相談あったんですが

    他の人に、頼んでしまいました

    残念です

    先日も、コンテナ下ろしあったんですが、仲間内に

    もしかして、レンジャー?って言われました

    キッパリと、レンジャー 空挺はないって言いました

    空挺さんは、わかりませんが

    レンジャーは、目の前で過酷さと悲惨さを見てきましたから

    鬼益に蹴っ飛ばされる、先輩 同期 後輩

    金曜日、体力過酷メニューな日ですけど

    空挺作業服着て頑張ります

    実力で着た貴方には申し訳ないですけどね

    返信
    1. xyz 投稿作成者

      りょう74式さん

      鬼益って誰ですか?何か奇天烈エピソードがあったら教えて下さい。34連隊レンジャーと言えば師団1期の主任助教だったシャーク※藤しか知りません。現代の奇人と言えば今でも真っ先に佐藤助教の名前を挙げると思います。凄い人だったのは間違いないです。偉大です。偉奇人と言うのが正しいと思います。
      迷彩の2型が出たんですね。先日朝霞駐屯地に行きましたが、今では業務隊の人も2型を履いていますね。普通の半長靴はもう消滅したんでしょうかね?

      返信

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です