男の映画②〜「世界にひとつのプレイブック」2012年パラマウント社

映画は妻の浮気相手を半殺しにして精神病院に入院したパットのトレーニングシーンから始まります。あらすじを言うと、結婚式で流れていたスティービー・ワンダーの名曲が浮気現場でも掛かっていたというトラウマを持つ主人公が若くてキュートでサイコな未亡人と出会い再生を果たしていくというラブコメディです。主人公パットは「アメリカンスナイパー」のブラッドリー・クーパー、若い未亡人ティファニーを今や新世代の女王に昇り詰めた「ハンガーゲーム」のジェニファー・ローレンスが演じています。誰でも出来る父親役をデニーロが演じていたりして一見チープですが、密かにアカデミー賞4部門全てにノミネートされる快挙を成し遂げた隠れた名作にクレジットされる作品です。本来骨太な男の作品を紹介するはずの「男の映画」シリーズですが、第2回目にラブコメを持って来たことに特別な意味はありません。映画はパットとティファニーがダンス大会に出場し、これを観に来た妻との再会を果たしたパットが新しいパートナーとしてティファニーを選ぶというハッピーエンドで終わります。予定調和的なハッピーエンドに親和性を持てないのは不幸な青春時代を過ごした者の宿痾のようなものですが、そんなことはさて置いてご紹介したいシーンがあります。

刑務所の代わりに入った精神病院を退院したパットは服薬の代わりにトレーニングで自らの病を治そうとします。あくまでもラブコメディの範疇で語るとすれば、トレーニングで自己を高めて妻の愛を取り戻すという主人公の目論見はあまりにも儚いもので、接見禁止命令が出ているため幾度となく通報される憂き目に遭います。しかし、そんな逆境の中でもパットは抗精神剤の服薬を頑なに拒否し、トレーニングでの治療を選択し続けるのです。私が注目したのは、若くてキュートなジェニファーローレンスとの恋愛の成就ではなく、主人公の薬を飲まずに精神疾患を治すという当初の目論見が紆余曲折を経て成功したという側面でのハッパーエンドです。この薬を使わない精神疾患の治療はハリウッドの作品でも度々俎上に登るもので、とはいえ映画ではなくドラマなんですが、少年時代のバッドマンを描いた今年一番の話題作「ゴッサム」でもそれを暗喩した場面があります。若きゴードン警部が初めてウェイン家を訪れるシーンで、ゴードンが屋根の上に立っているウェインを見るにつけ「医者には見せてるのか?」と執事に尋ねます。すると執事である若きアルフレッドが「ウェイン家のしきたりで精神科に見せてはいけないことになっている。」と答えるのです。

精神科に勤める妻は私がこの類の話をすると何も分かっていない素人が偉そうに語るなと言うような顔をしながら「何も分かってないわね。」と言います。しかし、本来自分の心は自分が一番よく分かっているのであり、薬を飲むと自分のこと一番よく分かっている「自分」がどこにも居なくなってしまうような気がしまうことに素人も専門家もないでしょう。結局自分の話をしますが、師団レンジャーを終えた後に精神のバランスが取れなくなったことがありました。レンジャー訓練の目的の一つは「限界を体験させる」ことありますが、その手段は何かと言うと抽象的には「戦争の疑似体験」にあります。よって、レンジャーから帰還した隊員はまるでレイテ島から帰還した兵士のように暗闇や、音に怯え、常に「あれは何だったのか」という禅問答のような自問自答に苛まれる日々を強いられることになります。よくレンジャーに行くと駅のプラットフォームでベルが非常呼集のサイレンに聞こえてあたふたし始めてしまうという笑い話がありますが、私の場合は後ろに人が立たれると木の棒で叩かれるのではないかと思いあたふたしてしまうというものでありました。これがゴルゴ13のようなものであればカッコイイのですが、精強の証であるレンジャーバッチを付けながら「ボク後ろに人が立たれるのが嫌なんだ。」とは口が裂けても言えません。レンジャーが課程教育で隊員の殆どがバッチホルダーである空挺や西方であればまだ良かったのでしょうが、当時部隊で一人の陸士レンジャーだったため、求められるイメージと内心とのギャップに押し潰されそうになる日々を後ろに人が立たれる度にあたふたしながら送っていたのです。そして部隊の先任も通っていた駐屯地カウンセラーを紹介され、暫く通いましたが症状は改善せず、とうとう3病棟かという事態に。通っていれば何らかの病名が付き、薬を処方されていたことになると思います。しかし、当時の私はその選択を取りませんでした。課業外になると「駆け足に行く」と行っては琵琶湖と呼ばれる沼の近くにあったバーベル置き場に行き、星を見ながら一回も上がらなくなるまでベンチプレスをしたのです。その場所は夜は誰もいなかったため、自由に心の赴くままワンワン泣いたりギャアギャア喚いたりしながらベンチプレスをしました。今のように上部だの下部だの気にせず、ただただ夜空を見ながら毎日ベンチプレスをしたのです。

精神病院で処方されたそばで服薬を確認される作業を経たパットの舌には先ほど処方された精神薬があり、パットは自らの呪われた人生に舌を出すように薬を吐き出してトレーニングを開始します。その姿に私はレンジャー訓練後の自分の姿を重ね合わせたことが、この映画を「男の映画」として紹介させて頂いた大きな理由です。冒頭で述べたように第2回にラブコメを持って来たことに特別な意味は全くもってありません。念のため申し上げておくと、暗闇でのベンチプレスの最中に私の前にジェニファーローレンスのような美しい女性自衛官が現れたことはなかったのでパットに抱くような嫉妬を私に向けないで下さい。

皆さんも「男の映画」を紹介して下さい。JR埼京線と武蔵野線のクロスポイント、ここ埼玉の武蔵浦和で皆様のお越しをお待ちしております!


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